願わくば

Written by:未来

「あ。見てください土方さん。桜が凄いですよ〜」
二人久しぶりに道端を歩いていた時だった。緩やかな坂を上り終えると、
先に歩いていた総司がそう言った。後から来た土方は、一瞬、花びらで
視界が覆われ総司の姿を捉えることができなかった。


「まさに桜吹雪だな」
くっ、と軽く喉を鳴らして土方が呟く。
総司は楽しそうに上を見上げている。黒き瞳が映すのが、花びらばかり
なのが気に食わなくて、土方はそっと総司の腕を引いた。

「なんですかぁ?」
くすくすと、すべてをわかりきっている顔でからかうように聞いてくる。
土方はむっつりと黙り込んでいるが、それでも手を離そうとはしない。


「ねぇ土方さん、昔誰かが詠んだ詩、ありますよね」
「・・・?」
「ほら、あの“願わくば”というの」
「ああ、あったな」
納得したようにうなずいた土方だが、ふと、何か違和感を覚えて総司を見た。


「・・・総司?」
「なんですか?」


上を再び見上げていた総司が、こちらを向く。目線が重なった。
風が吹く。桜が舞う。全てを・・・そう、全てを覆い隠すように。




“願わくば 花の下にて 春死なむ  その如月の 望月の頃”




「私が死んだら、かならずあなたの元へ行きますよ」
その声は、土方の耳には届かず風の中に散ってしまった。それでも何かを
聞いた気がした土方は、目を細めて総司の方を見た。
だが、その顔は見ることが出来ぬままに・・・。


「・・・・・・っ」
眠りから醒めた土方は、息を呑んで起き上がった。やがて額を押さえて
うずくまる。


「夢・・・」
夢・・?いや、違う。あれは実際にあったこと。この蝦夷に来る前、まだ
あいつが元気だった頃・・・。実際に、あった現実。


「あの時。おまえは一体、どんな顔をしてたんだ・・・?」
呟き、苦々しげに前髪をかきあげた。その瞬間、桜吹雪を見た気がして、
土方は眼を見張る。


『土方さん・・・』


声が、聞こえた気がした。ずっと求めていた声。置いてきてしまっても尚、
諦められなかった愛しき声。


「・・・総・・司?」

花びらの向こうに、人影を見た気がした。そして、思い出す。


「・・・ああ・・・そうか・・・」

あの時おまえは、笑っていたんだな。



「来て、くれたのか」


そっと、土方は微笑んだ。









それは、慶応四年五月三十日のことであった。


モドル

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